多摩川水系のヨシノボリ類

はじめに
 ヨシノボリ類と言えば、全国各地の河川や湖沼で普通に見られるハゼである。一般に「ヨシノボリ」と言われることが多いが、一口に「ヨシノボリ」と言っても様々な種がいることが知られており、「ヨシノボリ」は標準和名としては適切でなく、種の特定には至れない。分類の複雑さや個体差・地域変異が大きいことなどから、なかなか同定することができず、「ヨシノボリ」として纏められてしまったり誤同定されてしまったりというのが現状である。
 多摩川での採集を続ける中で、多摩川には本来分布しない外来種と思われる種類を確認したことから、多摩川水系においてヨシノボリ類がどのような状況にあるのか、詳しく調査をすることにした。

“トウヨシノボリ”の扱いについて
 日本産魚類検索 第三版において、従来「トウヨシノボリ」とされていた多摩川水系のヨシノボリ属魚類のうち、止水に生息するものは「クロダハゼ」(Rhinogobius kurodai)とされた。現時点においても分類が混沌としていることや生息環境,多摩川水系への移入種等を考慮すると、多摩川水系産のトウヨシノボリは一概に「クロダハゼ」とは言えないため,当記事内ではすべて「トウヨシノボリ」と一括りにして表記している。

ヨシノボリ類の分布拡大(国内移入)
1.トウヨシノボリ("オウミヨシノボリ"など)
 琵琶湖産のアユの放流に混じり、琵琶湖周辺に棲むヨシノボリ類が各地に放たれている例が多いという。しかし、分類が確立されていない中で移入の詳細を明らかにすることは容易なことではなく、詳細はよく分からない。一般に言われるヨシノボリ類の移入は、琵琶湖のヨシノボリ("オウミヨシノボリ")を指していることが多い。

 カワヨシノボリの自然分布域は、本州の太平洋側では富士川水系が東限とされている。つまり、関東地方や伊豆地方には本来分布しない。しかし近年、分布域よりも東側に位置する複数の河川からカワヨシノボリが見つかっている。
 複数の既往研究によると、カワヨシノボリが見つかった分布域外の河川は以下の通りである。
・2005年 鶴見川(神奈川県)
・2006年 道志川山梨県
・2010年 大岡川(神奈川県),境川(神奈川県・東京都),大場川(静岡県
 実際にはこれら以外の河川でも導入されている可能性がある。
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図2.カワヨシノボリの分布拡大
(北原ほか,2013;齋藤ほか,2012;樋口,2007;横浜環境科学研究所,2012をもとに作成)

なお、2011年度に実施された河川水辺の国勢調査では、国・都管理区間の計31地点で魚類調査が行われているが、確認されたヨシノボリ属魚類は多摩川支川谷地川の1地点のみでカワヨシノボリが含まれており、他は全て「トウヨシノボリ」とされている。

調査概要
 これまでに多摩川水系で採集した際の情報を元に、追加でより詳細な調査を以下の通りに行った。
・期間:2013年7月27日~2013年12月30日
・地点:一級水系多摩川内の計15地点。地点については、これまで行ってきた採集で不足していた地域や、より詳細な調査が必要と思われた地域などから選出した。
・方法:タモ網を用いて石の下や岸辺に潜む生物を採捕し、およそ体長30㎜以上のヨシノボリ属魚類が捕れた場合は全長、体長、頭長、胸鰭軟条数、雌雄を記録し、数枚写真を撮って同定した。ヨシノボリ属魚類であっても、小さい個体は記録に誤差が生じ、誤同定しやすいため詳細は記録していない。なお、ヨシノボリ属魚類以外の魚類が捕れた場合は、種類と数を記録した。
 2011年夏以降のデータで信頼できるものについても結果に含めた。

結果及び考察
※調査河川・地点の詳細は伏せた。
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図3.多摩川水系におけるヨシノボリ類の出現地点

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図4.各地点のヨシノボリ類の内訳

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図5.カワヨシノボリの♂・♀の胸鰭軟条数の頻度分布  n=66

 調査の結果、多摩川水系ではトウヨシノボリとカワヨシノボリの2種類が確認された。在来分布個体を含むトウヨシノボリは調査区間の上流から下流にかけて広い範囲で確認できた。一方で、国内外来種とされるカワヨシノボリも生息が確認された。カワヨシノボリは各所で未成魚を確認しており、明らかに繁殖・定着している。
 図3を見るとトウヨシノボリは広範囲で確認できているようにも思われるが、図4も合わせて見てみると、上流部のトウヨシノボリのみが捕れた地域ではそもそも個体数が少なく、トウヨシノボリカワヨシノボリ2種が捕れた地域においてもカワヨシノボリの割合が高い傾向にあり、トウヨシノボリは多くの地点で少数しか確認されていないことがわかる。ただし、支川Cでは安定した個体数が捕れたほか、多摩川本流の最下流の地点ではトウヨシノボリのみが安定して捕れており、必ずしも多摩川水系全域でトウヨシノボリが少ないというわけでもなさそうだ。
 支川Cでは、いくつか存在する落差のために多摩川本流から魚類が移動するのは困難であろう場所でもカワヨシノボリが定着していることを確認している。
 調査地域全体を見ると、カワヨシノボリの個体数の多さは既にトウヨシノボリを圧倒するものとなっており、在来ヨシノボリ類やその他魚類等に何らかの影響を与えていると考えられる。分布は既に支流を含めて広範囲にわたる。この拡がりと個体数からして、カワヨシノボリ多摩川への導入からは既に何年も時間が経過していると考えるのが自然だ。       
 現在、カワヨシノボリが導入される前と比較すると在来のヨシノボリ類は個体数を減らしているのではないだろうか。

 トウヨシノボリカワヨシノボリは同属であるから、生態は似通っている。ただし、カワヨシノボリトウヨシノボリに比べて流れのあるところを好むなど、生息環境の違いも見受けられる。そのため、この先もカワヨシノボリが個体数を増やしたとしても、多様な環境が備わった河川であれば在来のクロダハゼとの棲み分けは可能かもしれない。なお、トウヨシノボリと括っている個体の中にもいくつか生息パターンが異なるものが含まれることが示唆されることから、一概には言えない。今後の定期的な調査による状況把握が必要である。トウヨシノボリよりもカワヨシノボリの方が多摩川の上流域の環境に適応しそうであるから、今回の調査では確認されなかった上流部の地点で今後カワヨシノボリが確認されるようになるか、注目される。

 一般に、日本産淡水魚類の移入は「アユの放流に混じって放たれた」ケースがよく挙げられる。しかしながら、カワヨシノボリが同じように導入されている河川からの報告によると、アユの放流によるものは考えにくく、アユ以外の水生生物の放流への混入、ペットとして飼っていた飼育魚の遺棄、意図的な放流などの可能性が考えられるとしている(北原ほか,2013;齋藤ほか,2012)。実際に多摩川水系では、放流には紛れにくいが飼育魚として人気のあるオヤニラミ国内外来種として定着している事例をはじめとして、非常に多くの国内外来種が確認されていることから、導入の理由はいくつか考えられる。
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図6.多摩川水系から得られたヨシノボリ類

 今回、両種の同定には胸鰭軟条数の違いを用いた。カワヨシノボリは15~18本、トウヨシノボリは18~22本とされている。18本の場合は外部形態をもとに総合的に判断した。♂は16,17本いずれも多かったのに対し、♀は16本に偏っていた。
 同定した上で両種の外部形態を比較してみたところ、全長や体長、頭長などのデータから有意差は認められなかった。
 体の模様については、様々なタイプが認められた(♂の第一背鰭の伸長や頬の小斑点の有無等)。これらのことなどから、トウヨシノボリは在来集団だけでなく、琵琶湖等からの移入集団も存在する(=在来の偽橙色型・クロダハゼだけでなく、外来の橙色型・オウミヨシノボリとされるような個体等も定着している)可能性が高いのではないかと考えられる。
 両種の体側や鰭の模様はよく似た点が多かったが、トウヨシノボリは背鰭や尾鰭が黄色く縁取られるのに対しカワヨシノボリは縁取りの色が薄い、といった異なる傾向も見られた。


おまけ ヨシノボリ属 歴史年表 (随時更新中)
個人的にまとめたものなので、所々誤りがあるかもしれません。
 
・1859年
Gillが静岡県下田付近で得た標本を元に、Rhinogobius similisを記載。新属Rhinogobius(ヨシノボリ属)を設立した。以後、しばらくRsimilisが「ヨシノボリ」として扱われる。
 
・1908年
田中が東京都港区の黒田侯爵邸庭園内の池から得た標本をCtenogobius kurodaiとして記載。ちなみにこれが日本人初のハゼ科魚類の新種記載である。
 
・1913年
Jordan、田中らがC. kurodaiに「クロダハゼ」の和名を与える。
 
・1958年
水野がヨシノボリR. similisには両側回遊型・湖沼型・河川型の3つの型が含まれていることを示唆。「湖沼型」は後に「橙色型」と呼ばれる。
*当時、日本産ヨシノボリ属は「ヨシノボリ」と「ゴクラクハゼ」の2種とされていた。
 
・1960年
水野が「ヨシノボリ」のうちの河川型は別種であると結論付け、ヨシノボリ属に近縁なTukugobiusカワヨシノボリ属)に属すとした上で河川型をT. flumineus命名し、「カワヨシノボリ」と名付ける。
 
・1967年
水岡が国内の回遊性ヨシノボリには「横斑型」・「黒色型」が含まれるとした。
 
・1968年
西島が沖縄本島のヨシノボリ類に「中卵型」と名付けた。
 
・1972年
伊藤・水野が国内の回遊性ヨシノボリには「るり型」・「黒色大型」が含まれるとした。
 
・1974年
水岡が「宍道湖型」を提唱。
 
・1975年
中山は西表島から得られたヨシノボリの標本を「西黒色大型」とした。また、中卵型には腹部の色が異なる2パターンが含まれることを示唆。
 
・1980年
上原が房総半島のヨシノボリを「房総型」と表記した。
 
・1981年
岩田は琉球列島固有の両側回遊性ヨシノボリを「モザイク型」とした。
 
1984
林が「西黒色大型」を「南黒色大型」に改名した。
 
・1989年
 「山溪カラー名鑑 日本の淡水魚」において、水野や越川、鈴木らによってこれまでのヨシノボリの型(横斑型・黒色型・黒色大型・南黒色大型・るり型・橙色型・モザイク型・中卵型)に新和名(シマヨシノボリ、クロヨシノボリ、オオヨシノボリ、ヒラヨシノボリ、ルリヨシノボリ、トウヨシノボリ、アヤヨシノボリ、キバラヨシノボリ、アオバラヨシノボリ)を提唱した。
 
・1992年
鈴木が小笠原諸島父島から得られた標本を「オガサワラヨシノボリ R. sp. BI」とした。
 
・1996年
鈴木は兵庫県から得た標本を「トウヨシノボリ縞鰭型」と名付けた。
 
・2000年
明仁ほかによって、トウヨシノボリは橙色型・宍道湖型・偽橙色型・縞鰭型が含められるとした。
 
・2002年  
高橋、岡崎が琵琶湖深所に棲息するヨシノボリをR. sp. BWとした。
 
・2005年  
日本魚類学会標準和名検討委員会が、日本魚類学会に“日本産の魚類の標準和名は、原則として「日本産魚類検索: 全種の同定、第二版」(中坊徹次編、東海大学出版会、2000)を起点とする。”と答申した。
鈴木、坂本は東海地方から得られた標本をトウカイヨシノボリ R. sp. TOとした。
 
・2010年
鈴木、向井ほかがトウヨシノボリ縞鰭型に「シマヒレヨシノボリ」の和名をつけ、R. sp. BFと表記した。
 
・2011年
鈴木、陳はR. kurodaiがトウヨシノボリ偽橙色型であったことを明らかにする。なお、すでにR. kurodaiにはクロダハゼという和名が付いていたが、2005年の答申に基づき、トウヨシノボリを使用するとした。
また、鈴木、陳によって、田中が1925年に記載したR. fluviatilisがオオヨシノボリであったことが明らかになった。
Oijenらによって、TemminckやSchlegelが1845年に記載したR. brunneusがクロヨシノボリであったことが明らかになった。
鈴木ほかによって、オガサワラヨシノボリが新種R. ogasawaraensisとして記載。
 
・2013年  
「日本産魚類検索 全種の同定 第三版」において、R. sp. BWに「ビワヨシノボリ」、琵琶湖産トウヨシノボリに「オウミヨシノボリ」、上総丘陵に棲む房総型に「カズサヨシノボリ」の和名を付した。これにより「トウヨシノボリ」と言う和名には複数種が含まれることになり、特定の種を示しにくいことから、R. kurodaiを「クロダハゼ」とした。また,シマヨシノボリの学名に R. nagoyae を適用した。
 
・2015年
ゴクラクハゼの学名 R. giurinusR. similis の新参シノニムであることが明らかになり、学名が変更となる。
 
・2017年
Suzuki, Shibukawa and Aizawa (2017) により、ルリヨシノボリ新種記載 R. mizunoi
Takahashi and Okazaki (2017) により、ビワヨシノボリ新種記載 R. biwaensis

・2019年
Suzuki, T., Kimura, S. and Shibukawa, K. (2019)により、シマヒレヨシノボリ R. tyoni、トウカイヨシノボリ R. telma 新種記載
 

・2020年
Suzuki, T., Oseko N., Kimura, S. and Shibukawa, K. (2020)により、従来の「ヒラヨシノボリ Rhinogobius sp. DL」を ヤイマヒラヨシノボリ R. yaimaケンムンヒラヨシノボリ R. yonezawai として2新種記載

 

参考・引用文献
川那部浩哉・水野信彦・細谷和海. 日本の淡水魚. 第3版, 株式会社山と溪谷社, 2005, 719p(山渓カラー名鑑).
・北原佳郎・加藤健一・石川 均・品川修二・室伏幸一. 2013. 三島市で採集されたカワヨシノボリ Rhinogobius flumineus(Mizuno, 1960). 東海自然誌, 6:27-33.
・京浜河川事務所. “河川水辺の国勢調査について”. 京浜河川事務所. http://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin00294.html
国土交通省. 河川環境データベース(河川水辺の国勢調査). http://mizukoku.nilim.go.jp/ksnkankyo/
・齋藤和久・金子裕明・勝呂尚之・大竹哲男.2012.神奈川県内河川におけるヨシノボリ属魚類の分布.神奈川自然誌資料,33:85-93.
・鈴木寿之・渋川浩一・矢野維幾. “ヨシノボリ属”. 決定版 日本のハゼ. 瀬能 宏監修. 平凡社, 2004, p.445-461.
・鈴木寿之・陳義 雄.2011.田中茂穂博士により記載されたヨシノボリ属3種.大阪市立自然史博物館研究報告,65:9-24.
・瀬能 宏. “日本魚類学会標準和名検討委員会: 魚類の標準和名の定義等について(答申)”. 日本魚類学会. 2005-09-30. http://www.fish-isj.jp/iin/standname/opinion/050902.html, (参照 2013-12-30).
・東京都建設局. “東京の川にすむ生きもの”. 東京都建設局. http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/river/suishin/ikimono2/index.html
・西村. “カワヨシノボリ or クロダハゼ類”. 日本淡水魚類愛護会. 2013-05-04. http://www.tansuigyo.net/a/link7-11.html, (参照 2013-12-31).
・日本魚類学会. “シノニム・学名の変更”. 日本魚類学会. 2015-11-25. http://www.fish-isj.jp/info/list_rename.html, (参照 2018-07-15).
・樋口文夫・福嶋 悟.2007.鶴見川水系における谷戸水路と河川の人工構造物と魚類流程分布との関係.横浜市環境科学研究所報,31.
・松沢陽士. “スズキ目ハゼ科”. 日本の淡水魚258. 松浦啓一監修. 文一総合出版, 2011, p.266-278, (ポケット図鑑).
・水野信彦.1961.ヨシノボリの研究―Ⅰ.: 生活史の比較.日本水産學會誌,27:6-11.
・水野信彦.1961.ヨシノボリの研究―Ⅱ.: 形態の比較.日本水産學會誌,27:307-312.
・向井貴彦・鬼倉徳雄・淀 太我・瀬能 宏. 日本魚類学会自然保護委員会編. 見えない脅威“国内外来魚”: どう守る地域の生物多様性. 東海大学出版会, 2013, 254p., (叢書・イクチオロギア, 3).
・森山彰久. “日本の ヨシノボリ論文リスト”. What is Yoshinobori ? . 2008-05-21. http://cod.aori.u-tokyo.ac.jp/moriyama/yoshi/paper/frame.html, (参照 2013-12-30).
横浜市環境科学研究所.2012.横浜の川と海の生物(第13報・河川編).



※この記事は、2014年1月までにまとめたものを一般公開用に再編集したものです。内容の誤り等のご指摘やご意見がありましたら、お気軽にどうぞ。
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